「”覚えてる?”が、思い出をつくる」——6歳の”覚えてた”と”忘れた”が教えてくれた、写真を「見返す」理由

今回お話を伺ったのは、遊佐ゆかりさん・てるのり さんご夫妻と、小学1年生のわかばさん。ご自宅のリビングに入ると、まずわかばさんの声が聞こえてきました。

「いつものやつから見たい」

こちらのお宅では、小学1年生の娘が自分から「おもいでばこ見よう!」「カレーちゃん見よう!」とリクエストするのが、当たり前の日常になっています。「見るのはほぼ毎日」(ゆかりさん)というくらい、写真や動画を見返す時間が、テレビを見るのと同じくらい自然に流れています。遊佐家はおもいでばこを6台所有し、そのうち4台をリビングで運用しています。

目次

「これ、覚えてる?」

あるテーマパークの旅行写真について、ゆかりさんはこう話します。

「2歳の頃のことなのに、『肉まんを食べた』『おばあちゃんと写真撮った』と、次々に話してくれるんです」

何度も家族で見返してきた写真だから、2歳の頃の出来事がわかばさんの「自分の思い出」として鮮明に残っている。

一方で、ゆかりさんが「2歳のクリスマスイブのピクニック写真」を見せたとき、わかばさんは「全然覚えてない!」と一言。

この写真は、アルバムを作るためにゆかりさんだけが見ていたもので、家族みんなで見返すことはほとんどなかったそうです。

同じ2歳の思い出。何度も見返したものは「覚えている」。家族で見返さなかったものは「覚えていない」。その対比に、見返すことの意味が凝縮されていました。

「見返すことで、初めて『自分の思い出』になるんだと感じました」

遊佐家では、4台のおもいでばこをHDMIオートチェンジャーでテレビにつなぎ、リモコンひとつで思い出の時代を切り替えています。ご主人のてるのり さんいわく、「切り替えが自動になってから、生まれた頃の写真などもすごくよく見返すようになりました」。

写真は、親のものでもあり、子どものものでもある

元小学校教諭だったゆかりさんは、教職時代からある感覚を持っていました。

「学校で掲示板に写真を貼ると、子どもたちはすごく喜ぶんです。でも今は、行事写真もWEB販売になって、親のスマホの中に写真が閉じ込められがち。子ども自身が自分の写真を見る機会が減っているのは、社会問題だと感じます」

スマホで撮り、スマホに保存する。それ自体は悪いことではないけれど、そこに写っているのは親の思い出だけでなく、子どもの思い出でもあります。

「子どもが好きで撮った写真は、親のものでもあり、子ども自身のものでもある」

だから遊佐家では、写真を「子どもが見られる場所」に置いておくようにしているのだそうです。わかばさんがアカウントや操作の壁なく、自分から大画面で写真を開けること。その日常が、子どもの写真を「親のスマホの中」から返してくれているのかもしれません。「なんでみんな使わないの?」——ゆかりさんは、身近な人にはおもいでばこを力説して回っています。

わかばさんの小さな世界が、広がっていく

写真を見ているうちに、わかばさんの話は止まらなくなります。

「カレーちゃんとガルくんの写真が見たい」

カレーちゃんはミーアキャットのぬいぐるみ。5歳のクリスマスにサンタさんが届けてくれたものだそうです。

「靴下の中に入ってた!フィンランドの手紙も入ってたの」

ガルくんは動物園で出会った、ちょっとやんちゃな相棒。喧嘩することもあるそうです。見返すたびに、そんなぬいぐるみたちの物語や、その日に生まれた新しい空想が、家族の会話に広がっていきます。

「これ全部作ったの。ハチに刺されないお洋服なんだよ。飛べるし、ハチにも刺されないからめっちゃ強いよ」

ゆかりさんは、わかばさんの描いた「お絵かきアルバム」を作っています。絵や作品は写真に残し、わかばさんが話してくれた言葉はコメント機能でメモしておきます。

「これ、ピンクになっちゃった」

その場では話してくれないことも、後日おもいでばこを見返したときに教えてくれることがある。無理に聞き出すのではなく、話してくれたときにメモする。そうして家族の思い出は、少しずつ更新されていくのだそうです。

「こんなに好かれているんだ」——写真が育てた自己肯定感

生まれた頃の写真や、親戚みんなが自分を笑顔で囲んでいる写真を何度も見返すうちに、わかばさんはこんな言葉を口にしました。
「わかばちゃん、こんなにみんなに好かれているんだ!」
当時の記憶そのものはなくても、写真を通して、自分は愛されて育ったんだという実感——自己肯定感が育まれているのを、ゆかりさんは感じています。

写真を撮られるのを嫌がっていた時期があったのが嘘のように、今ではキッズカメラを手に、自分から撮る側にもなりました。「勝手に人撮っちゃダメだよ」——写真の扱い方を、わかばさん自身も学び始めています。

画面越しじゃなく、目で見る。遊佐家の「撮り方」

遊佐家には、写真を撮るときのこだわりがあります。気軽に撮るときはコンパクトなカメラ、背景をぼかしたいときは一眼レフ。そして、自転車の練習や一緒に思い切り遊ぶときは、スマホを構えて画面越しになりたくないので、アクションカメラを体につけて撮影します。

「運動会や発表会などの行事でも、カメラ越しにしか子どもを見ない親御さんがいますけど、やっぱり撮影よりも、直接目の前の子どもと向き合うことを大切にしたい」

撮影よりも、目の前の子どもと直接向き合うこと。その姿勢は、撮る道具の選び方にも表れています。

撮った映像は、もちろんおもいでばこへ。自転車に乗れるようになったあとのアクションカメラの映像は、わかばさんが「見たい見たい」と自分から繰り返し見たがるお気に入りになりました。「撮るときは画面越しにならない」ための工夫が、「見返すときの楽しみ」につながっています。写真を「撮る」ことと「見返す」ことが、遊佐家ではひとつになっているようです。

安心して残すために

なぜ、おもいでばこなのか。ゆかりさんはこう話します。

「Amazonプライムフォトなども検討しました。でも、おもいでばこは家庭内のLANだけで繋がって、ネット上に上がらないのが安心でした。子どもの水着姿やプライベートな写真がクラウドやネットに流出する心配がないんです。LINEアルバムのように画質が落ちたり、容量の上限に達したりしないのも魅力でした」

バッファローの製品を20年近く使ってきたというてるのりさんは、その信頼感を挙げます。「ハードディスクが壊れたこともなかったので、妻から提案されたときも安心して決められました」と話します。

大切な思い出を守るための備えも、徹底しています。わかばさんが生まれた頃のデータが入ったバックアップ用ハードディスクは、プチプチに包んで防災バッグに入れ、いざというときにすぐ持ち出せるようにしているそうです。

「娘が生まれた頃のデータが入ったものなので、それだけは絶対に守りたくて」

ゆかりさんは、フォトブック作りが趣味でした。けれど育児と仕事が重なった時期は、写真を整理する時間が取れず、「とにかく紙にしなきゃ!」というプレッシャーに苦しんでいたそうです。それが、おもいでばこに入れておけば後からいつでも大画面で家族と見返せると思えるようになって、すごく心のゆとりができました。

「きれいにアルバムを作ることより、今、家族で一緒に見て笑い合うこと」——そう話すゆかりさんにとって、おもいでばこは、写真を「残す」ことと「楽しむ」ことを分けて考えられる場所になっています。

思い出は、形を変えて巡っていく

遊佐家には、もうひとつ新しい楽しみ方があります。家族の「歌」づくりです。 きっかけは、てるのりさんが家族の出来事をAIに音声入力で語り、歌詞と楽曲を生成することでした。長文で話すと、AIが要約して歌詞にしてくれる。楽曲のイメージもAIに伝えて、生成する。それに合う写真をおもいでばこから選び、スライドショーに仕上げます。家族の思い出が、「家族のテーマソング」として生まれ変わります。

「ガルくんを買った後に『おもいでばこ』を見返したら『あれ、3年前も欲しがってたじゃん』となって、歌を作ったんです。おもいでばこがなかったら、気づかなかった」

さらに、ゆかりさんが昔から作ってきた家族新聞「かぞくだより」もAIに読み込ませ、当時の記憶を歌にしています。かつて紙に残した記録が、新しい形で家族のもとに戻ってくる。思い出は、残すだけでは終わらない。形を変えながら、家族の中を何度も巡り続けるのです。

編集後記

取材中、わかばさんが「おもいでばこ」の電源が入ったときのBGMを、自然に口ずさみました。おもいでばこが、日常の一部になっている家の空気がそこにはありました。

「何回見ていても新しい発見があります。わかば自身も急に思い出したり、私たちも急に思い出したり。積み重なっていく感じがします」

残しておくだけでは、思い出は育ちません。見返すたびに、当時にはなかった言葉やエピソードが加わって、思い出は少しずつ深くなっていく。写真は、見返すことで、家族の中で何度でも動き出します。

「”覚えてる?”が、思い出をつくる」——そう教えてくれた、遊佐家の一日でした。

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